いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2013年02月11日

モノから心へ

本日は皇紀2673年の紀元節である。
寒さも緩み晴天に恵まれたが、クニの前途は多難である。

神武天皇が御即位されてから今日までの2673年間は、
言って見れば、我が皇国の衰退と劣化の歴史であった。

ウガヤ朝からカムヤマト朝へ移行する際、それまでの
天津菅麻音図から天津金木音図へ変更された。
単にアオウエイからアイウエオへ変わっただけだ。と思ったら大間違いだ。
五母音の並びによって言霊の体系は大きく変わってしまった。

金木とは五行の金と木の意で、カムヤマト朝は、唯物論に根差した、
物質=モノに諸価値の根源を置く時代を現出させてしまった。

しかも、モノの豊さを人間に与えようとする神々と、豊さに溺れ、心を忘れる事を
畏れた神々との間に争いまで起きてしまった。

神々の争いは、皇室に波及し世界全体に価値の混乱と騒乱をもたらした。
原始キリスト教が、心を忘れたローマ・カトリックに滅ぼされたが如く。

しかし、心を蔑にし全てを犠牲にしてモノだけを追求する愚かな時代は終わる。

神々は再び音図を変更するだろう。その兆候は、我が皇室に現われつつある。

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2013年02月05日

トマス福音書に見る造化三神

御存知の方もいるだろうが、ナグ・ハマディ写本というものが在る。
これは、1945年12月にエジプトの農民、ムハンマド・アリ・サマンが、
同国ナグ・ハマディ村近郊の洞窟から掘り出した壺に収められていた
パピルスに記された文書群である。

写本の成立は1世紀から2世紀とされている。
原初的多神教=かんながらの亜流から原始キリスト教への移行期に当たる。
写本の中で最も注目されているのが「トマス福音書」である。
これは、使徒トマスによるイエスの語録集で、2世紀後半にシリア東部で記された
とされている。トマスはイエスと双子と伝えられるが定かでない。

同福音書に注目すべき一節が在る。
『イエスは言われた。「3つの神がいるところに神々がいる。2人がいるところ、
あるいはひとりがいるところでもわたしは彼とともにいる。」』

正確には3柱の神だが、翻訳者が、かんながらを知らぬのだから仕方ない。
3つの神とは、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の造化三神に他ならない。
すめらみことの薫陶を受けたイエスは、かんながらに深く帰依していた。

福音書は、偽書として新約聖書には収録されていない。
ギリシアもローマもスサノオ一族が伝授した、かんながらを理解出来なかった。
所詮は劣等民族だ。

いずれにしても、キリスト教の欺瞞が明らかになる日は近い。
皮肉だが、ルシファーの主張の方が的を得ている。
だからといって、手を組むわけにはいかぬが。

かんながら=原始キリスト教の復活は避けられない。
ベネディクト16世。これからどうする。

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2013年02月03日

或る一族

私の祖母は柿添ワイという。
旧姓は古賀である。ワイは古賀五作の娘だ。

古賀家は鎌倉期より主君、立花氏の命により、筑後川沿いの湿地帯を干拓し、
新田開発を行なっていた。
古賀家は、伝統的に干拓・治水・土壌改良に高い技術を有するプロ集団だった。

一方、当時、柿添家は中村と名乗り、蒲池家の家臣として群雄が割拠する
筑後平野を駆けずり回っていた。一族は蒲池城の城家老も務めていた。
古賀家と中村家の接点は定かでないが、共に本貫は現在の福岡県大川市で
少なくとも敵対関係には無かったようだ。

ワイは私の祖父、柿添徳次郎に嫁ぎ、やがて、徳次郎は莫大な私財を投じ、
古賀家と共に有明海に面した現在の長崎県諫早市の小長井の干拓に着手した。

戦前に於ける初の民間による干拓工事である。
今でも、長崎県庁では柿添干拓と呼ばれる、この事業は難工事だった。
徳次郎は朝鮮から人を雇い、住居を提供し日本人と同額の賃金を支払った。
しかし、昭和17年、結核の為、帰幽した。私の父は10歳だった。

徳次郎亡き後、娘婿が工事を続行したが、結局、国が引き継ぐ事となった。
終戦により、朝鮮人の社員は全員、国に帰らざるを得なくなった。
彼らは、工事が終わるまで残りたいと懇願したが、聞き入れられなかった。

現在、祖父が手掛けた干拓地では、毎年、米が豊作だそうだ。
一度、訪れてみたいと思う。

ところで、祖母方の私の曾祖父、五作のいとこは、古賀辰四郎という。
そう。尖閣列島の開拓者にして初代地主である。

posted by 柿添先生 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

再びの岩戸開き

古事記に於ける岩戸開きの段では、岩戸にお隠れになったアマテラスに対し、
ウズメ様が、アマテラスより貴い神様が現れたので、皆喜んで騒いでいる。
と嘘をつき、岩戸の外を窺おうとしたアマテラスの御手を手力男命が取って、
岩戸から引っ張り出した。と記されている。

大本神諭では、これについて「岩戸へお入りになりたのを、
だまして岩戸を開いたのでありたが、岩戸を開くのが嘘を申して、
だまして無理に引っ張り出して、この世は勇みたらよいものと、
それからは天の宇受女命どのの、嘘が手柄となりて、
この世が嘘でつくねた世であるから、神にまことがない故に、
人民が悪くなるばかり」と批判し、岩戸から出てきたのはダマシタ神であり
これからマコトの神がお出ましすると説いている。
いわゆる第二の岩戸開きである。

だが、果たして、引っ張り出されたアマテラスは偽りの神だろうか。

私は、そうは思わない。
アマテラスは自身が騙されて無理やり引っ張り出された事を哀しみ、
其の哀しみと悔しさが、顕世を歪めたのだ。

とはいえ、世界に、あまねく恵みの光を照らし続け、生きとし生けるものを
守護されていたのだ。あの時までは。

アマテラスは昭和天皇の御崩御と同時に、再び岩戸にお隠れになってしまった。
理由は定かでない。
世界はルシファー率いる悪魔に蹂躙され魑魅魍魎が跋扈し、金融寡頭勢力は奴らの
手先となって、戦争を仕掛け、あらゆる国家の国富を纂奪した。
略奪と殺戮は今も続いている。

高天原は、95年に、阪神淡路大震災ならびに地下鉄サリン事件と立て続けに、
神の子たる日本人に過酷な試練を与えた。覚醒を促すべく。
しかし、根が呑気な日本人は一向に目覚めなかった。

そして、3・11。日高見国を揺るがせた。あの日を境に何かが変わった。
ようやく一部の日本人は気付き始めている。

その数が増え、位相の転換が起きた時、アマテラスは再びお出ましになるだろう。
それは、近い将来必ず起こる。陰は極まり陽と成る。
posted by 柿添先生 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする