いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2013年11月19日

封印を解くのは

日本時間11月17日19時25分頃、ロシア中部のタタールスタン共和国の
首都カザニで乗客乗員50名を乗せた旅客機が垂直に墜落し全滅した。
との一報があった。
カザニとはロシア語の読みで、タタール語ではカザンと発音するそうだ。

タタールスタン共和国はタタール人の国だ。
タタール人とは、モンゴル高原から東欧のリトアニア辺りに分布した
アジア系の諸民族の総称を指す。

モンゴル帝国に於ける騎馬軍団の主力はタタール人だったそうだ。
ロシアにとってはタタールの軛(くびき)=モンゴルによるロシア支配が
屈辱の歴史として記憶されている。

要するに、タタール人とは、スサノオの子=ツランの兄弟である。

今回、墜落したタタルスタン航空の旅客機には、タタールスタン共和国大統領の
息子も搭乗していたが、当然、亡くなったそうだ。

これは、サタン一派の謀略である。
タタールは必ず復讐するだろう。

一方、本日、バチカンが12使徒の筆頭格の聖ペテロの遺骨を、今月24日のミサの日に
一般公開する。と発表した旨、報じられている。
聖マラキの預言は、第266代法王の名はペテロ・ロマノフで、この人が最後の法王と
しているが、実際の266代法王のフランシスコは、同名のペテロの骨を晒すのだ。

バスク=スサノオの子=ツラン=イエズス会のフランシスコ法王の大英断である。

さらに、本日、新駐日大使キャロライン・ケネディが皇居での信任状奉呈式に臨んだ。
ケネディ駐日大使を乗せた馬車が進む模様は、各局のワイドショーでも放映された。
沿道は多くの見物人で溢れていた。この様な事は、かつてあっただろうか。
ケネディ=アイリッシュ=ケルト=スサノオの子=ツランの兄弟に対する、
親近感は本能的に、日本人の五感を揺さぶるのだろう。
彼女は天皇陛下と10分間、何やら会話を交わしていたそうだ。

高天原における乱暴狼藉の償いとして、世界へ、かんながら教化の旅に出立した、
スサノオ一族は、永らく沈黙していたが、いよいよ人類の危急存亡の秋を迎え
動き出した。

スサノオの子らが、我が皇国の元に集結し、高天原の神軍と共に戦う事を、
心底怖れているのは、ルシファーを封印したサタンの手先共である。

やがて、ルシファーの封印は解け、悪魔と墜天使の戦いが始まるだろう。

ルシファーの封印を解くのは、バスクとケルトとタタールと、サタンの手先によって
虐げられてきた民=ツランの兄弟である。
posted by 柿添先生 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

レイテ沖海戦

昨日13日付けの産経新聞は、フィリッピン台風の緊急援助活動に於いて、
小野寺五典防衛相が、ヘリコプター搭載護衛艦=軽空母「いせ」等と共に、
約1000名の人員を派遣する方向で調整していることを明らかにした。
と、報じている。

今回の台風で壊滅的被害を被ったレイテ島と聞いて、真っ先に思い出されたのは
大東亜戦争末期の大海戦、レイテ沖海戦である。

同海戦は昭和19年10月23日から25日の、シブヤン海海戦、スリガオ海峡海戦、
エンガノ岬沖海戦、サマール沖海戦の4つの海戦の総称である。
米豪海軍はレイテ島奪還を目的とし、我が皇国はそれを死守せんとし、
また、初の神風特別攻撃隊が出撃した戦いでもあった。

レイテ沖海戦に先立つ捷一号作戦には、我が戦艦「榛名」も参加し、次いで、
榛名は、サマール沖海戦で米艦隊を猛追撃し、火の神の御稜威を発揮された。
海戦の経緯は此処では割愛するが、エンガノ岬沖海戦に於いては、
空母「伊勢」と「日向」が敵機の来襲を受けるも此れを凌ぎ、無事、帰還した。

時空を超え、同じ「いせ」を名乗る船が同海域へ赴くのは、まさに神はかりである。
レイテ島の被災者には申し訳ないが、海戦に散華した御英霊の御供養となるだろう。

一方、フィリッピン台風報道と並行して秘密保護法の是非を巡り議論が白熱している。

同法は治安維持法の復活との意見が有るが、まさにその通りだ。何が悪いのだ。

今般の立て替え立て直しにあたり、治安維持法、特高警察、中野学校の復活は、
必要不可欠である。

これら方策は、人が神の子として清く明るく直く正しく生きておれば全く必要は無い。
が、我慾にまみれ穢れた人間が増え過ぎたからには、クニの安寧秩序を保つ為には、
仕方が無い。
肇國以来、歴代政体は國體を危うくする者に対し、厳罰を以って臨んで来た。

これは高天原の決定である。安倍が決めた事では無い。

まつろわぬものは打ち祓われるのみだ。正しく生きよ。神を手本とせよ。

これが、かんながらの神髄である。
posted by 柿添先生 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする