いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2016年03月11日

霊魂とは何か

2004年に「21グラム」と題するハリウッド映画が公開された。
これは心臓移植をめぐっての人間模様を描いた物語だが、人が死ぬと21グラム軽くなり、
この失われた21グラムこそが人の霊魂の重さである事が劇中で暗示されている。
ハリウッド映画だけに、21という数字には何か意味が隠されているのではないか?
と勘繰りたくなるが、それはさておき、日本人にとっては、霊魂の重さなどさして重要では
ないが、全てを数値化しなければ気が済まないユダヤ人の性が垣間見えて興味深い。
と、いうわけで、今回は霊魂について述べようと思う。

霊魂とは、我国において一般的には、肉体に対する対立概念であり、精神の働きを左右する
何ものかである。という程度の捉え方しかなされていない。神の国の民として情けない限りだ。
霊魂は神より分け与えられた妙なるエネルギーである。残念ながら現時点では、そうとしか
言い様が無い。
エネルギーである以上、質量を持つ。もちろん21グラムであるかどうかは定かで無い。

そして、便宜上まとめて霊魂と称されているが、実は霊と魂(たましひ)とは別のものであり、
両者は、その役割において厳然と分かたれている。
霊と魂の関係は、量子論で謂うところの原子核を霊に、原子核の周りを回る電子を魂に
なぞらえると分かり易い。霊も魂も、どちらが欠けても成り立たず不即不離の関係にあるのだ。
まず、霊には直霊(なおひ)と曲霊(まがつひ)という二つの状態がある。直霊は霊の理想的な状態、
澄みて清らかな状態を指す。曲霊は魔に魅入られた状態で、曲霊を直霊に戻す為に禊祓を行なう。
そして、心の在り方が直霊と曲霊とを峻別する。
悪しき心は霊を曲霊へと導き破を招く元と為す。心とは、これ程までに大切なものだが、
清浄な心を保つ事は極めて難しいものである。
一方、魂には四つの働きがある。すなわち、荒魂・和魂・幸魂・奇魂である。
荒魂は武勇攻を司り、和魂は睦慈愛を、幸魂は弥栄を、奇魂は智巧超を司るとされている。
さらに、荒魂と和魂は肉体に関与し特に魄(はく)と称され、幸魂と奇魂は精緻な力の源で
魂(こん)という。
この様に、人間は一つの霊と四つの魂を備えていると考えられている。これを一霊四魂という。
ここで、大抵誤解が生じるのだが、魂が人の心を支配している訳では無い。心が行動を決し、
行動の原動力となるものが魂なのだ。これは、人のみならず神の御心についても同様である。
古事記において、スサノオの御心が邪に傾き荒魂が発動したが為に、高天原にて乱暴狼藉を
働いてしまったのだ。

ところで、伊勢神宮内宮には天照大御神の和魂のみが祀られており、荒魂は別宮の荒祭宮に
わざわざ分けて祀られている。その理由は、大御神様の荒魂が発動しない様に鄭重にお祀りして
いるのである。また、大神神社では大国主神の幸魂と奇魂から化生した大物主神を御祭神として
祀っている。
世界の諸民族は、それぞれの霊魂観を有しているが、我国のそれは、かくのごとく非常に緻密
かつ具体的である。

さて、神の霊を特に御霊というが、我ら生きとし生けるもの全ては、神の御霊を分け与えられた
存在で有るが故に、分霊(わけみたま)と呼ばれる。
人間を例にとれば、受胎後三ヶ月経つと、まず両親の荒魂と和魂たる魄が授けられ
肉体が形成される。
七ヶ月から十ヶ月後には同じく両親の幸魂と奇魂、すなわち魂も授けられる。
そして、出産と同時に一霊たる何れかの神の御霊が宿り一霊四魂が揃うのだ。

但し、同じ分霊でも天皇(すめらみこと)の場合は一般の民とは、かなり事情が異なっている。
御存知の通り、天皇の皇位継承に伴って執り行われる最も重要な国家的祭儀は、
践祚大嘗祭であるが、その際に、新天皇は、現在、すめら教に伝わる天津身手振天津息吹という
秘儀を行なう事によって、高天原に坐す天照大御神の御霊を御身に降し、
天皇霊(すめらみことのみたま)が形成されて初めて真の天皇足りうるとされている。
天皇とは異なり、我々は、頂いた一霊が如何なる神様のものかは誰にも判らないし
知る必要も無い。が、成長の過程で本人が薄々気付く事はよくある話だが。
これら一連の受胎から出産までの流れを取り仕切るのが、産まれた土地の守護神、すなわち
産土神である。
生まれ故郷に帰った時は、必ず産土神様にお参りし、御挨拶に伺うがよい。

過日、多くの日本人が人工衛星「はやぶさ」の偉業を讃え熱狂した。単なる機械と言ってしまえば
それまでだが、人工衛星であろうとも、我らの「わけみたま」として認められているのだ。
我国においては確実にあまねく万象に御霊が宿り、互いに相容れないもの同士であっても
御霊によって結い和(やわ)されている。
posted by 柿添先生 at 12:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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