いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2013年06月06日

尖閣の件

野中広務元官房長官による「尖閣棚上げ」発言が物議を醸している。

日中国交正常化時に尖閣問題は棚上げにすることで両国が合意したそうだが、
当時の状況を鑑みれば、それは至極当然だろう。
しかし、国有化された現在、何故、カビの生えた古い話を持ち出してくるのか
妙な男である。
彼の出自は原日本人系であるはず。国益を損なう言動は厳に慎むべきである。

尖閣に関し、巷では誤った情報が出回っている。
そろそろ話をすべきかも知れない。

私は、古賀辰四郎から数えて4代後の子孫である。
古賀家と当家の縁は既に述べた。
http://kakizoe.seesaa.net/article/318275124.html?1370506199

そもそも、辰四郎は家出同然で故郷、大川を出て行った。
親戚は皆心配していたが、ある時、茶の商いを始めた。と連絡が有り、
一同は安堵した。が、世間で言われている程、財を為したわけではない。

尖閣の開拓は、辰四郎の個人的野心などでは決して無い。
鰹節の加工なら石垣島の方がはるかに楽だ。
条件の悪過ぎる尖閣で行なう必要は無い。

それは、明治政府の密命であった。
戦略上の要衝の地である尖閣諸島は何としても押さえる必要があった。

明治政府は、大川の干拓と新田開発に功績の有った古賀家に、
開拓の許可と莫大な資金を与えた。

何故、古賀家なのか。
ここからは私の想像だが、古賀家の主君、立花家による働き掛けがあったやも
知れぬ。筑後とは、その様な土地柄である。立花家の末裔は麻生太郎だ。

さらに、明治政府に尖閣確保を命じたのは大英帝国に他ならない。
国有では無く私有とする様、知恵を付けたのも奴らだろう。

これから仕掛ける戦争に備え、尖閣を橋頭保とする必要があったのだ。
その戦争とは、日露戦争である。

戦後、米国は沖縄を支配している時も、尖閣には手を付けなかった。
尖閣開拓の経緯を知っていたからだ。

以上の話を、田中角栄と野中広務が知っていたかどうかは判らない。


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2013年05月22日

スファラディとアシュケナ―ジ

正恩は計6発のミサイルを撃った。ならば、とりあえず6人は帰せ。

お前もスサノオの子=ツランの兄弟だろう?

本題に入る。
諸君は、アーサー・ケストラーという人物を御存知だろうか。

ユダヤ系ハンガリー人にしてジャーナリスト、小説家、哲学者である。
1977年に発表された、彼の最後の著作「第十三支族」において、
アシュケナージとは、ハザール王国に在住したユダヤ教に改宗した人々が
ルーツである。と主張した。
彼のこの説は、現在も圧倒的支持を受けている。

間違いではない。ハンガリー人=マジャール人はツランの兄弟である。
アーサー・ケストラーは高天原の天啓を受けたのだ。

その後、1983年に、彼は夫人とともに服毒自殺を遂げた。
明らかに暗殺である。奴らにとって、まことに都合の悪い話なのだ。

ところで、そもそもユダヤなる人種は存在しない。

ヘブライ語を母語としユダヤ教を信仰すればユダヤの民なのだ。
五色人の内、黄人や白人さらに黒人も存在する。

厳密に言えば、ヘブライ12支族の内、南ユダ王国の2支族をユダヤと
称すのだ。ユダ族とベニヤミン族だ。
南ユダ王国滅亡、バビロン捕囚を経て、イベリア半島に定住したユダヤ人を
スファラディと分類するが、混血が進み訳が判らなくなっている。

さて、ケストラーの主張を土台として、ハザール人のルーツについて考えたい。

実は、ハザール人とは謎の民族である。
突厥という説も有れば、フン族の一部という話もある。旧ソ連ではコーカサスの
先住民との見方もあった。

判らなくて当然だ。
永きに渡る諸民族の交流の中で混血が進み、言語・宗教・風俗習慣は混じり合った。
普通はそうなる。我国が特殊なのだ。

結論から言う。ハザール人とはスサノオの子=ツランの兄弟である。
スファラディ、アシュケナージ共に、我ら神の子=日本人の兄弟である。

全ユダヤに告ぐ。

日ユ同祖論は、河豚計画遂行のためのプロパガンダに過ぎない。
目を覚ませ。

君らユダヤは日本人から分かれた。君らのルーツは日本なのだ。

在るべき姿に復すべし。
すめらみことの下、立て替え立て直しに尽力せよ。







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2013年04月13日

音図変更の兆候だ

現在、私たちは、五十音図をアイウエオの順番で認識しているが、
かつては、アオウエイであった。神武以前のウガヤ朝の御世だ。

現在のアイウエオは天津金木音図という。金木とは物質文明の象徴である。
本来の日本語はアオウエイであった。これを天津菅麻音図という。

かつて、物質文明すなわち科学力の充実を図る必要から、音図が変更された。
それは、あくまでも人類の生成発展の為であった。が、しかし、行き過ぎた科学は
人類の未来を危うくするところまで来てしまった。
科学は富を産む。第十三支族は、科学をカネ儲けの為だけに発展させたのだ。

天津菅麻アオウエイに於いて、オは経験智、ウは原識、エは理性を表わし、
さらにオは右眼、ウは鼻、エは左眼、つまり、オは月読の夜食国、ウはスサノオの海原、
エは天照大神の高天原を指す。
これら五母音と八父韻と32子音と五半母音すべての言霊=御言(みこと)
を統べるのが、スメラミコト=天皇である。

スメラミコトとは、顕世における言霊の統括者なのだ。

ところで、オは亜細亜、ウは欧米中東、エは日本に置き換える事が出来る。
目下、原識の欧米中東は揺れに揺れている。
物質文明を浸透させるべくスサノオの開拓した版図=一神教世界=欧米中東は悉く、
カネ儲けのみに走り、立て替え立て直しを迫られている。

立て替え立て直しには、スサノオの開拓した一神教世界を解体し、
更地に戻して、新たな秩序を構築せねばならない。
我国のゼネコンも儲かるだろう。儲かったら当講社にも寄付を。
それは冗談では無い。

実は、金正恩もその一翼を担っているのだ。

再び、精神文明への移行が求められている。
つまり、本来の日本語のアオウエイへの回帰である。

本日、淡路島が震源となり、再び地震が発生した。
ネット上では、いわゆる東経135度の話で盛り上がっている様だが、
ここは、イザナギとイザナミの、みとのまぐわいによって産まれた、
生きとし生けるものが生活できる最初のクニである。

これは、音図変更の兆候であるやも知れぬ。
かつての阪神淡路大震災の位相とは明らかに異なる。
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2013年03月21日

伊邪那美大神の死

伊邪那美大神の死は悲劇ではあったが、正に神はかりとしか謂い様が無い。

イザナギは、何としてもイザナミを取り戻さんとしたが、それも叶わずに、
黄泉より命からがら逃げ帰り、禊祓の末、イザナギが産んだ三貴子は父性のみで
母性無く、どこか均衡を欠いていた。
アマテラスとスサノオの確執の原因も此処に在る。
さらに、未だツキヨミは行方知れずのままだ。

とはいえ、心に傷を負ったアマテラスが高天原を知らし、スサノオは乱暴狼藉の末、
世界へ、かんながら教化の旅に出たのだ。
そして、アマテラスの孫が皇統の祖となった。ツキヨミは何処で何をされている事か。

こうして人類は今日まで歩んで来た。

イザナミは火の神を産み、死んだ。火は物を化生させる力の根源である。
そして、火の神は建御雷神を産んだ。ミカズチは雷の神だ。そう電気の根源である。
火と電気が物質文明の原動力である事は言うまでも無い。

火の神の子、雷神たるタケミカズチは大国主大神に国譲りを迫り、完遂した。

国譲りを以って、物質文明への移行が決定的となった。

古史古伝に於いては、ウガヤ朝までを精神文明とし、神武以降のカムヤマト朝を
物質文明としている。
が、私は、大国主大神の国譲りを以って物質文明移行への萌芽の顕現としたい。

国譲りは高天原の決定であった。が、神々は新たな決定を下された。

それは、精神文明への回帰である。これこそが立て替え立て直しに他ならない。
理由は問うなかれ。高天原の決定は絶対なのだ。

バチカンの崩壊とカムヤマト朝の交替を以って、物質文明は終わるのだ。

皇太子殿下は、全てを御承知であるぞ。
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2013年02月11日

モノから心へ

本日は皇紀2673年の紀元節である。
寒さも緩み晴天に恵まれたが、クニの前途は多難である。

神武天皇が御即位されてから今日までの2673年間は、
言って見れば、我が皇国の衰退と劣化の歴史であった。

ウガヤ朝からカムヤマト朝へ移行する際、それまでの
天津菅麻音図から天津金木音図へ変更された。
単にアオウエイからアイウエオへ変わっただけだ。と思ったら大間違いだ。
五母音の並びによって言霊の体系は大きく変わってしまった。

金木とは五行の金と木の意で、カムヤマト朝は、唯物論に根差した、
物質=モノに諸価値の根源を置く時代を現出させてしまった。

しかも、モノの豊さを人間に与えようとする神々と、豊さに溺れ、心を忘れる事を
畏れた神々との間に争いまで起きてしまった。

神々の争いは、皇室に波及し世界全体に価値の混乱と騒乱をもたらした。
原始キリスト教が、心を忘れたローマ・カトリックに滅ぼされたが如く。

しかし、心を蔑にし全てを犠牲にしてモノだけを追求する愚かな時代は終わる。

神々は再び音図を変更するだろう。その兆候は、我が皇室に現われつつある。

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2013年02月05日

トマス福音書に見る造化三神

御存知の方もいるだろうが、ナグ・ハマディ写本というものが在る。
これは、1945年12月にエジプトの農民、ムハンマド・アリ・サマンが、
同国ナグ・ハマディ村近郊の洞窟から掘り出した壺に収められていた
パピルスに記された文書群である。

写本の成立は1世紀から2世紀とされている。
原初的多神教=かんながらの亜流から原始キリスト教への移行期に当たる。
写本の中で最も注目されているのが「トマス福音書」である。
これは、使徒トマスによるイエスの語録集で、2世紀後半にシリア東部で記された
とされている。トマスはイエスと双子と伝えられるが定かでない。

同福音書に注目すべき一節が在る。
『イエスは言われた。「3つの神がいるところに神々がいる。2人がいるところ、
あるいはひとりがいるところでもわたしは彼とともにいる。」』

正確には3柱の神だが、翻訳者が、かんながらを知らぬのだから仕方ない。
3つの神とは、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の造化三神に他ならない。
すめらみことの薫陶を受けたイエスは、かんながらに深く帰依していた。

福音書は、偽書として新約聖書には収録されていない。
ギリシアもローマもスサノオ一族が伝授した、かんながらを理解出来なかった。
所詮は劣等民族だ。

いずれにしても、キリスト教の欺瞞が明らかになる日は近い。
皮肉だが、ルシファーの主張の方が的を得ている。
だからといって、手を組むわけにはいかぬが。

かんながら=原始キリスト教の復活は避けられない。
ベネディクト16世。これからどうする。

posted by 柿添先生 at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

或る一族

私の祖母は柿添ワイという。
旧姓は古賀である。ワイは古賀五作の娘だ。

古賀家は鎌倉期より主君、立花氏の命により、筑後川沿いの湿地帯を干拓し、
新田開発を行なっていた。
古賀家は、伝統的に干拓・治水・土壌改良に高い技術を有するプロ集団だった。

一方、当時、柿添家は中村と名乗り、蒲池家の家臣として群雄が割拠する
筑後平野を駆けずり回っていた。一族は蒲池城の城家老も務めていた。
古賀家と中村家の接点は定かでないが、共に本貫は現在の福岡県大川市で
少なくとも敵対関係には無かったようだ。

ワイは私の祖父、柿添徳次郎に嫁ぎ、やがて、徳次郎は莫大な私財を投じ、
古賀家と共に有明海に面した現在の長崎県諫早市の小長井の干拓に着手した。

戦前に於ける初の民間による干拓工事である。
今でも、長崎県庁では柿添干拓と呼ばれる、この事業は難工事だった。
徳次郎は朝鮮から人を雇い、住居を提供し日本人と同額の賃金を支払った。
しかし、昭和17年、結核の為、帰幽した。私の父は10歳だった。

徳次郎亡き後、娘婿が工事を続行したが、結局、国が引き継ぐ事となった。
終戦により、朝鮮人の社員は全員、国に帰らざるを得なくなった。
彼らは、工事が終わるまで残りたいと懇願したが、聞き入れられなかった。

現在、祖父が手掛けた干拓地では、毎年、米が豊作だそうだ。
一度、訪れてみたいと思う。

ところで、祖母方の私の曾祖父、五作のいとこは、古賀辰四郎という。
そう。尖閣列島の開拓者にして初代地主である。

posted by 柿添先生 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月01日

再びの岩戸開き

古事記に於ける岩戸開きの段では、岩戸にお隠れになったアマテラスに対し、
ウズメ様が、アマテラスより貴い神様が現れたので、皆喜んで騒いでいる。
と嘘をつき、岩戸の外を窺おうとしたアマテラスの御手を手力男命が取って、
岩戸から引っ張り出した。と記されている。

大本神諭では、これについて「岩戸へお入りになりたのを、
だまして岩戸を開いたのでありたが、岩戸を開くのが嘘を申して、
だまして無理に引っ張り出して、この世は勇みたらよいものと、
それからは天の宇受女命どのの、嘘が手柄となりて、
この世が嘘でつくねた世であるから、神にまことがない故に、
人民が悪くなるばかり」と批判し、岩戸から出てきたのはダマシタ神であり
これからマコトの神がお出ましすると説いている。
いわゆる第二の岩戸開きである。

だが、果たして、引っ張り出されたアマテラスは偽りの神だろうか。

私は、そうは思わない。
アマテラスは自身が騙されて無理やり引っ張り出された事を哀しみ、
其の哀しみと悔しさが、顕世を歪めたのだ。

とはいえ、世界に、あまねく恵みの光を照らし続け、生きとし生けるものを
守護されていたのだ。あの時までは。

アマテラスは昭和天皇の御崩御と同時に、再び岩戸にお隠れになってしまった。
理由は定かでない。
世界はルシファー率いる悪魔に蹂躙され魑魅魍魎が跋扈し、金融寡頭勢力は奴らの
手先となって、戦争を仕掛け、あらゆる国家の国富を纂奪した。
略奪と殺戮は今も続いている。

高天原は、95年に、阪神淡路大震災ならびに地下鉄サリン事件と立て続けに、
神の子たる日本人に過酷な試練を与えた。覚醒を促すべく。
しかし、根が呑気な日本人は一向に目覚めなかった。

そして、3・11。日高見国を揺るがせた。あの日を境に何かが変わった。
ようやく一部の日本人は気付き始めている。

その数が増え、位相の転換が起きた時、アマテラスは再びお出ましになるだろう。
それは、近い将来必ず起こる。陰は極まり陽と成る。
posted by 柿添先生 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月28日

子持神社

先日、或る武道家の紹介で、群馬県渋川市に鎮座する
子持神社の社家一族の方と知り合った。

私は子持神社という名前は知っていたが、参拝した事は無かった。
しかし、今回の出会いが印象深かったので、いろいろ調べてみた。
すると、我が榛名神社とは、或る不思議な関係性を有している事が
判明した。

子持神社の主祭神は木花開夜姫命で、配神は邇邇芸命、猿田彦大神、蛭子命、
天鈿女命、大山祇神(サクヤ姫の父)、大己貴命(大国主大神)、手力雄命、
須佐之男命となっている。
但し、もともと主祭神は大己貴命で、いつしか交代された様である。
とすると、元は出雲系か。

ニ二ギとサクヤ姫、猿田彦とウズメ様という二組の夫婦神は良いとして、
ヒルコを祀っているとは実に興味深い。全国でも珍しいのだ。
さらに、ニ二ギを除く神々は全て、国譲り前に活躍した神々である。
渋川も榛名同様、カムヤマト朝以前の文明圏である可能性が高い。

さて、榛名神社との不思議な関係だが、子持神社は榛名神社の北東に在る。
つまり鬼門の方角である。逆に言えば、榛名神社は子持神社の南西方向、
すなわち裏鬼門に在るのだ。
そして、両社の中ほどには、浅間山が在る。これが何を意味するのか。

実は、榛名神社の主祭神はイザナギ・イザナミの夫婦神だったが、
火の神と土の神に交代された。私は天海僧正が怪しいと睨んでいるが。
子持神社にナギナミの最初の子、ヒルコが祀られているのは何故だろうか。

現時点では解せないが、古代に社のネットワークが構築されていたに相違ない。
今回の出会いはまさに「神はかり」であり、やがて、それが極めて重大な意義を
持っている事に気付くであろう。
posted by 柿添先生 at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

御遷宮と幽契

諸君も御存知の通り、今年は神宮と出雲大社の遷宮が重なる。
神宮は20年毎に出雲大社は60年毎に遷宮されるが、今までに
一致した事は、記録には無い。

今年は大変に意義深い年となるに相違ない。
神々にとっても我ら神の子にとってもだ。

スサノオが高天原で乱暴狼藉を働き、それを深く悲しんだ
天照大御神が、天の岩戸に御隠れになった話は有名だが、
アマテラスが岩戸から出てきた後に、スサノオとある約束を
交わした事は、現在では、ほとんど知られていない。

その約束とは幽契(かくれたるちぎり)といい、月読命の仲介によって
為されたものである。
幽契により、顕世をアマテラスが幽世はスサノオが、それぞれ主宰すると決め、
姉と弟は永遠の別れを自ら選択した。
その後、顕世はスメラミコトが、幽世は大国主大神が知らす事となり、
神宮の内宮にはアマテラスが、出雲大社には大国主が祀られたのだ。

姉と弟にとっては辛い別れであったが、スメラミコトは幽契の意義を善く理解し、
顕幽一体(一如)に基き政治を為した。これこそが顕世における政治と幽世の祭が
等しく並び立つ「祭政一致」であり、神武創業の根本理念なのだ。

明治維新は神武創業の始めに原き為されるはずが、外国勢力と奴らに魂を売った
貧乏公家と田舎侍によって換骨奪胎されてしまった。
一人、大西郷のみがスサノオよろしく荒魂を発動し抵抗したが時代の波間に消えた。

神宮と出雲大社の御遷宮は、幽契を今に蘇らせる又と無い契機となろう。
戦後レジームからの脱却とは、祭政一致の復活に他ならない。




posted by 柿添先生 at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする