いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2014年10月25日

神道の根源

我国を代表する哲学者の西田幾多郎ならびに和辻哲郎は、共に仏教思想に
強い影響を受けていた。
東洋思想を下敷きにした彼らの哲学は西洋哲学と一線を画すものではある。
が、仏教は一神教的な価値観を有し、自己と異なる他者への寛容の精神は
不十分であった。
そこには、仏教とそれ以外の思想を分けて、あくまでも仏教の優位性を強調する
立場が見受けられる。
これは、キリスト教原理主義に見られる二元的価値観に近い思想である。

二元的価値観とは、二元論に立脚した価値観であり、多元的価値観とは、
多元論に立脚した価値観のことを言う。
二元論とは、もともと哲学の用語で、世界に存在するあらゆる事象は、すべて二つの
原理で成り立っているとする。
これに対して、多元論とは、二つ以上の複数の原理の存在を認めるものである。
我国の価値の根源を為す神道思想そのものである。

そして、近代の哲学は、この二元論を支持する立場にある。
デカルトは、その著書「省察」において「我思う。故に我あり。」と述べた。

「思う」という行為は意識であり、精神である。「我あり」とは、精神とは独立した
物質である存在の「我」を認識したという事である。
つまり「我」の中には精神と物質の二つの存在が確認される。
これを、心物二元論と言う。

近代の哲学は、デカルトの心物二元論を契機として発展してきた。
と言っても過言ではない。
しかし、現実世界の全てのことがらを、精神と物質のたった二つの原理で
説明することは不可能である。
さらに、原理が二つしかない場合、一方を肯定すれば、他方を否定せざるを得なくなり、
否定された側は、必ず復讐に打って出る。
このように、二元論に立脚した二元的価値観の世界は、常に異なる二つの原理の
闘争の場となる危険性を孕んでいる。

現在、世界では、パレスチナにおいてユダヤ教とイスラム教が、中東ではイスラム教と
キリスト教が戦争の只中にある。
これら一神教はまさに二元論の世界観しか持ち合わせてはいない。
事実、歴史的に見て、大戦争の勃発はすべて、一神教世界に端を発している。

神道においては、世界を、異なるたった二つの原理の対決の場とは捉えず、
多様な原理が等しく並び立つ場である。と考える。
これらは互いに切磋琢磨し合い、高め合い融和し、さらに新しい原理を生み出し、
豊かな人類社会を創造する原動力となる。
我が国に大陸から仏教が伝来した際、神道はその大いなる寛容の精神でもって、
これを迎え、共に生きてきた。

この「共に生きる」という考え方こそが、神道の重要なテーマである。
神道においては、森羅万象生きとし生けるもの全てに、神が宿っているとされているが、
この本当の意味は、森羅万象生きとし生けるもの全てが、平等に尊重されるべき貴い
命であるということなのだ。
全てとは、まさに全てである。人間も動物も植物も、山や海など地球の自然も大宇宙の
星たちも、あまねく全てである。

神道の世界においては、あらゆる人種も宗教も否定されることはない。
一神教世界は二元的価値観から脱却し、神道の多元的価値観に学ぶべきだ。

神道に於いては、そもそも民族に優劣の差を認めない。
個々の民族は、それぞれの伝統・文化・宗教を堅持し互いの原理を尊重し、
平和のうちに共存する。ということが在るべき姿であると考える。

これを可能にするのは、神道の大いなる寛容の精神に他ならない。

神道に於いては、異なる価値観は神々によって結ばれ、世界は、多様な原理が
等しく並び立つ場であると考える。
そして、それぞれの原理は、平和な交流によって高め合い、融和し、
さらに新しい原理を生み出すものである。
新しい原理こそが、豊かな人類社会を創造する原動力となる。

ところが現実の世界は、これとは全く逆の状況にあるのだ。

神道は、現在、確実に破滅へ向かって突き進む人類にとって、最後の希望であり、
今後、我々の向かうべき地平と拠って立つべき処を明確に示している。



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2014年09月28日

大噴火

昨日9月27日、木曽御嶽山が噴火した。
大量の噴煙と火山灰が、多数の登山者に深刻な被害を及ぼした。

実は、今月の3日に、仲間の御師と共に富士山に登った。
というのも、来年は登山出来なくなるとの情報を得た為、
急遽、登る事にしたのだ。
富士山に先んじて、御嶽山が噴火するとは思いも寄らなかったが、
これも、昨年より続く、火と水と風の祓の一環かも知れない。

御嶽山王滝口頂上に鎮座する御嶽神社奥社の御祭神は、
国常立尊・大己貴命・少彦名命の三柱である。
国土の始源神たる国常立尊と天孫降臨以前にクニの礎を築いた出雲の神が
御嶽山を守護されているのだ。

3・11東日本大震災によって天津神に封印された国常立尊の結界は決壊した。

結界を壊したのは、火と水と風の神である。それ以後、国常立尊の御仕業の
遂行を助けるべく、数々の祓を続けて来たのだ。

今回の大噴火は、国常立尊の始動の合図である。

昨年の、出雲と伊勢の同時遷宮により、天津神の優位は完全に崩れた。
これは第二の国譲りといっても過言では無い。
国造家と皇族の婚姻が、それを象徴している。

これより国常立尊を総大将として国津神による立て替え立て直しが加速するだろう。

カムヤマト朝が、その御役目を終える日も近い。

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2014年08月18日

今年も福知山が大変だ

昨年の8月、福知山の花火大会で大爆発事故が起こった。
翌月には、台風18号による豪雨で市内の広範囲が浸水した。
私は、これに対し、火と水(カミ)の祓ではないかと記した。
その記事は、神々の御仕業に触れる事となるので、現在は非公開となっているが、
一つ述べておかねばならない事柄があるので、敢えて記事化する。

今年もまた、福知山が大水害に見舞われた。
たまたま昨年と気象条件が似通っていたからそうなった。
という、ありきたりな説明で、納得してはいけない。

福知山市には、元伊勢内宮とされる皇大神社と、元伊勢外宮とされる豊受大神社が
揃って鎮座している。
さらに、天岩戸神社も存在する。ここは皇大神社の奥宮とされ、
皇大神社、豊受大神社とともに元伊勢三社と呼ばれている。
此処には伊勢信仰の原点が色濃く残っている。

そういえば、福知山を一時、治めていたのは明智光秀=天海僧正だった。
天海さんは家康の命により、上野寛永寺の莫大な資金を投入し榛名神社を再興した。
それは、当時の家康が群馬者に入れ替わっていた故だ。

榛名神社は人為的に創られた伊勢信仰とは一線を画するウガヤの文明圏である。

伊勢信仰の巣窟から出てきた天海さんが、ウガヤの社を立て直すとは興味深い。

おっと、話がそれた。私が言いたいのは榛名の事では無い。

福知山は、かつての丹波国である。
丹波から生まれ出でた怪人といえば、そう、出口王仁三郎である。

出口なおが火なら、王仁三郎は水である。カミの戦。水の祓は止む事は無い。

王仁三郎に宿る神はスサノオ。スサノオとアマテラスの和解は未だならず。
伊勢信仰=アマテラスの原点たる福知山の祓は執拗に行われるだろう。

王仁三郎の御神業は未だ続く。

天変地異は鎮魂の道場にして、大いなる禊場である。

さて、何の為の、鎮魂か?

それは、艮の金神=国常立尊である。

榛名湖には、切り刻まれた国常立尊の體の一部が沈んでいる。
大本関係者によれば綾部の泉と榛名湖は繋がっているそうだ。

榛名神社の奥宮の御祭神は国常立尊。
さらにニギハヤヒ、イワナガさん、サクヤ姫が脇を固めている。

故に榛名神社再興の担い手として福知山から来た天海さんが選ばれたのだ。
入れ替わった家康=世良田さんは、この事を熟知していたに相違無い。

新田一族、恐るべし。群馬、恐るべし。

またまた、話がそれた。

天津神=伊勢=カムヤマト朝によって封印された神々は必ず復活する。

本来の日本へ還る為に。神々と生きとし生けるものの楽園を再び現出する為に。




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2014年08月15日

初めにクニありき

本日は、終戦の日である。

今年は69回目で来年は70回目だとか、やたら数字を気にするバカがいるが、
歳を数えているだけでは、何も解決しない。

我々は敗けたのだ。1000年経っても敗けた事実は消えない。
本来なら、もういっぺん戦って勝つしかないのだ。

我国を取り巻く情勢が、日に日に厳しくなっている現状を
御英霊は、どの様な想いで御覧になっておられるだろうか。


ツランの中核国家たるロシアが、根なし草の邪悪な勢力の攻撃に晒されている。
それは、ロシアが神国日本と共に歩むことを良しとしない勢力である。

国を破壊され流浪の民となった邪悪な勢力は、豊かな国に寄生し養分を吸い取り
吸い付くした末に、再び新たな獲物を求めて流浪する。

我々の想像を超えた世界がそこに在る。

イザナギとイザナミが、みとのまぐわいを遊ばして、初めに産んだのはクニだった。
温暖な気候と葦の生い茂る肥沃な大地と豊かな漁場を持つクニを、神よりも先に
産んだのだ。

後から、産まれてくる神々と、我ら神の子たる人間と生きとし生けるものが
何一つ不自由しないように豊かなクニを産んでおいて下さったのだ。

クニとは、闘争の末に打ち立てられたものなどでは決して無い。

神国日本は、初めから存在していたが故に、我々日本人はクニを守るという
意識が希薄といえば希薄だった。

大東亜戦争の最中、クニを守る気概に欠けた出来損ないも少なからず存在した。
現在も、依然として生き残っている。穢れの極みという他無い。

今年は、我国にとって、大きな転換点となるだろう。

クニを守るために戦う準備に着手したという意味で。

戦争を引き起こすのは根なし草である。
奴らが存在する限り、戦いの準備は怠り無く進めるべし。
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2014年08月07日

武蔵国一宮 氷川神社考

明治3年、大教宣布の詔により神官と僧侶の統括が為され、
明治6年、大教院が設立されたが、仏教側が離脱し、明治8年に大教院は
解散を余儀無くされた。
同年、全国の神官が神道事務局(神道大教の前身)を設立し神道教化に乗り出した
ものの、程無くして、事務局の御神殿に出雲の大国主大神を祀るか否かで、
伊勢派と出雲派の争いとなった。(祭神論争) 
本来ならば我国の霊的防衛の観点からは、顕幽の主祭神を共に祀るのが道理である。
平田派は、その様に主張し同調する神官も多かったにも関わらず、
結局、明治天皇の勅裁により、大国主大神は祀られる事は無かった。
出雲にとっては国譲りに続く、大きな屈辱であった。

何故、明治天皇は出雲の神を忌避されたのか。

カムヤマト朝はアマテラスの霊統であり、皇室は、スサノオの霊統を畏れている。
としか謂い様が無い。それは現代の皇室においても同様である。

先日、高円宮典子様と出雲国造千家国麿氏の御結婚が発表されたが、
アマテラスとスサノオの和解は未だ為されてはいない。

皇居の北方、さいたま市大宮区に、皇室が畏れるスサノオを祀った氷川神社が在る。
大宮氷川神社は東京と埼玉県内の200余りの氷川神社の総本社である。
本来の氷川信仰は見沼の水神信仰であったと伝えられるが、出雲国造の支族である
武蔵国造が第13代成務天皇(景行天皇の皇子)の御世に大宮の地にスサノオを勧請し、
創建された。

氷川とは出雲の簸川(ひかわ)の意である。

出雲族が何故、この地に出雲の神を祀ったか定かでないが、
氷川神社の摂社の門客人神社には蝦夷の守護神アラハバキが客人神として祀られている。
カムヤマト朝によって制圧された蝦夷の神を、同じくカムヤマト朝に虐げられ続けてきた
出雲族が祀るとは、心情的には理解できる。
但し、明治天皇は大宮氷川神社を勅祭社と定め、以後、皇室は行幸を続けている。
ところで、氷川神社の宮司家、東角井家は物部氏の流れを汲むと伝えられている。
とすれば、大宮氷川神社が勅祭社として優遇されたのも当然と言えば当然である。

物部の祖はニギハヤヒである。スサノオ、アラハバキ、ニギハヤヒ。
いずれもニ二ギ降臨以前の源日本の神々である。
大宮氷川神社の存在意義が今後、重要性を増す事は必至である。

余談だが、大宮氷川神社の東側200m程の場所に、尖閣列島の前地主、栗原國起邸がある。
栗原家は大宮の大地主である。彼に一時、尖閣が託された理由も氷川信仰と関係あるはず。
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2014年05月14日

不運な善人と幸運な悪人

古今東西、誰が聞いても納得出来ない話がある。

誠を尽くし日々を生きてきた何の落ち度もない善人が、
突然の不幸に見舞われたり、人を人とも思わない様な
不誠実な生き方をしている悪人なのに、やる事為す事
上手くいったりすることがある。

万象は神の摂理(みはかり)であり神意の顕われである。
しかし、摂理によって善人が甚大な被害を被る事に対しては
やりきれなさを感ぜずにはいられない。
実は、この事は古より多くの人々が抱いてきた疑問である。

何故、善人が損をして悪人が得をする。などというおかしな
事が起こり得るのか?
今まで世界の様々な宗教が、この難問に答えようとしてきたが
まだ結論には至っていない。

我が国に於いては、江戸後期の国学者が一応の解答を与えた。
本居宣長は、善人が不幸になり悪人が幸福になるのは
悪神のしわざであるとした。
これに対し、平田篤胤は、人が今、生きている現実世界(顕世)
における幸不幸は神の御所為(みしわざ)であり、全く以って
予測不可能で善人悪人を問わず起こり得るものとしている。
万象は全て神の試みの中にあり、神意は誰にも慮る事は
できない。という事か。

諸君。

神は、突然の不幸に襲われても自分を見失わず、
より一層奮闘努力する者を正当に評価する。
神は、これは。と思う人間に過酷な試練を与え、それを見事に
乗り越えてきた者を、更なる高みに引き上げるのだ。

自己と他者を比較して一喜一憂しているばかりでは福は逃げる。
比較には何の果実も無い。残るのは、ねたみのみだ。
ねたみが憎しみを産み、魔に魅入られて自滅する。

如何なる境遇にあろうとも、己が神の子である事を忘れる事なく、
神より与えられた御役目を誠実に果たし、常に清く明るく直く正しい道を歩め。
posted by 柿添先生 at 11:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

かんながら

あっという間に1月も過ぎ去り、2月に入った。
早いものだ。今年もあと11カ月しか無い。

目下、世間は都知事選の話題で持切りである。

これについては、論評しない。
結果は神のみぞ知る。と、いうよりも神々が決めるのだ。

最近、おぼろげながら、判って来た事がある。

顕世に於ける全ての事象は悉く神々が決するという事を。

天変地異。人の生き死に。戦の勝敗。四季の巡りに至るまで
神々の意思によって、秩序は保たれている。

斯様な状態の中で、神の子たる生きとし生けるものの在るべき姿が、
諸君にも判るだろう。

在るべき姿とは「かんながら」である。

かんながらとは、神様の仰せられた御言(おことば)と、神様の遊ばされた
御行為(おんしわざ)を手本として、私たち人間が、自分勝手の心を捨てて、
一途に神様の御言御行為を実践することを旨として生きる道である。

この道は、神々と神の子が共に歩む道であり、「敬神」「尊皇」「愛国」
として具現化され、神国日本の復活を招来するものである。

人の一生は、宇宙の星の一瞬のきらめきよりもさらに短い。

我慾を捨て、喜びも哀しみも全てを神々と共に分かち合い、
与えられたお役目を果たすべく、誠を尽くせ。

大事な事は神々が決める。全てを委ね、限り有る今を生きよ。
posted by 柿添先生 at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月02日

過去が未来を創るのだ。

新年明けまして、おめでとうございます。

真に目出度いとは言えぬが、兎にも角にも年は明けた。

伯家神道によれば、天皇の即位儀礼である大嘗祭に於いて、
代々皇室に伝わる或る秘儀が、100年間、行なわれないと、
皇統は断絶する。という。

1912年7月30日、大正天皇は明治天皇の崩御により践祚した。
大嘗祭は1915年11月14日と15日に行なわれた。
1915年(大正4年)に秘儀が行なわれたかどうかは定かでない。
昭和天皇ならびに今上陛下の大嘗祭についても、同様である。

今年は、その100年目に当たる。

また、阪神淡路大震災ならびに地下鉄サリン事件があった1995年からは
20年目に当たる。
神宮の式年遷宮同様、霊的には20年とは一つの区切りの単位である。

イザナギとイザナミが、みとのまぐわいを遊ばして産んだ一番目のクニ=淡路島を
震源とする大地震は神戸を揺るがし、神の戸は開かれた。
新たなる位相への転換に際して、神々は生贄を要求する。
サリンによって人柱となった、わけみたまは、立派に、そのお役目を果たされた。

伯家の予言と霊的な単位の20年が重なる今年は、一つの答えが出る事となろう。

諸君。

今般の立て替え立て直しに当たり、実は我々の想いが大きく作用する。

心一つに、それぞれの過去を悔い改めよ。

中今を、誠を尽くし生きる事は勿論大切だ。
が、それだけでは、より良い未来は現出し得ない。

過去を改め正さなければ未来は好転しない。

未来は現在が創るのでは無い。過去が未来を決するのだ。

我々日本人が辿ってきた道筋を、検証し反省し二度と同じ轍は踏むまいと、
神々に誓うが良い。

神々に随うならば、まつろわぬものは悉く討ち祓うが良い。

禊祓は、まだまだ不十分である。
posted by 柿添先生 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月28日

人の世の営みは儚い

今年も残すところ、あと3日となった。
相も変わらず、人の世の営みは儚いもの。

12月26日、安倍総理は靖国神社を参拝した。
これについては様々な見方がされているが、どれも正しいのだろう。
各自の立場、関係性によって、己に都合の良い解釈をすればいいのだ。

但し、一つ言える事は、アントニオ猪木議員の訪朝に対する懲罰、
徳州会叩き、正恩の大粛清は、全てリンクしている。
リンクの根幹にあるのは張成沢だ。

哀れな猪瀬は、そのスケープゴートに過ぎない。

張成沢の処刑を以って、安倍総理は靖国を参拝し、御英霊を、ねぎらった。

参拝の当日は、毛沢東生誕120年の記念日だ。
毛沢東は、中共の勝利は我が皇国の御蔭であると謝意を表明していた。

猪瀬は、ぶざまな姿を晒し、一連のリンクを隠蔽した。
勿論、彼は何も知らない。愚かな成り上がり者ゆえに利用されただけだ。

相も変わらず、人の世の営みは儚いもの。

猪瀬も我慾さえ無ければ、任期を全うできたものを。

富、名声、権力を求めれば求めるほど破滅に近付いて行く。
が、当の本人は全くそれに気付かない。

我欲とは人を滅ぼし、やがてクニを滅ぼす元凶である。

ところで、諸君。

来年の元旦は新月である。新月は月齢0だ。新月は新生を意味する。

平成26年は御一新の幕開けかも知れぬ。が、人の我慾が妨げとなろう。







posted by 柿添先生 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

世の中は、そうして回っている

今月6日、特定秘密保護法が成立した。

民主主義は死んだ。と非難するバカもいるが、これが民主主義だ。
民主主義とは数の横暴だ。絶対的に多数決なのだ。

それが嫌なら、朝廷を復活し、天皇親政に復すべきだ。

同法に関する物言いは色々あろうが、今までが異常だったのだ。
国益、いや國體を守護する為には、口の軽い軽薄なお調子者は
滅しなければならぬ。同法の最高刑は軽過ぎる。なぜ死刑とせぬか。

庶民は「知る権利」が、あるとかないとか騒いでいるが、
庶民がクニの機密を知ったところで、何が出来るというのだ。
百害あって一利なしだ。

本来、日本人は、己の分を良くわきまえていた。

上から下まで、人それぞれ、お役目を与えられている事を理解していた。

あきんどには人は切れない。それは侍の役目だ。
侍は金勘定が出来ない。人に頭は下げない。だから商売が上手くいかない。

世の中は、そうして回っている。

己の全存在を懸けて、クニを守っている人々がいる。
機密とは、その様な防人以外は触れてはならぬものだ。

ところで、秘密保護法成立の6日、三笠宮彬子様が羽田空港でお倒れになった事は
既に述べたが、なんと妹の瑶子様も胃腸炎の疑いで、同日未明に入院されていた。

これは何を意味するのか?

三笠宮とは、大正天皇の4男にして今上陛下の叔父の崇仁親王の宮号である。
かつて、崇仁親王は神武天皇の即位は架空の神話である。と主張し、物議を醸した。
古史古伝を御存知無い様で、残念至極であります。
また、その長女、彬子様は日本・トルコ協会総裁である。

大正天皇の4男にして神武を否定される父君の姫君がお二人ともに、体調を崩された。

これは何を意味するのか?秘密保護法成立との関連は?

2015年は大正天皇の大嘗祭から100年目である。伯家神道の予言の年だ。

大正天皇の霊統を継ぐ、彬子様と瑶子様に降りかかった災いが、
何を意味するのか、やがて明らかになろう。

posted by 柿添先生 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする