いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2013年01月14日

共に生きる喜びを取り戻せ

かんながらの精神には、神々と人間が、そして生まれながらに
異なる資質を持つ人間と人間が、「共に生きる」と言う事が、
根本理念として掲げられている。

天孫降臨以来、我国に於いては、神々は日本民族を守護し給い、
人間は、それによく応え清く明るく直く正しい道を歩むことを旨としてきた。
神々と人間の共生の姿は、農作業、とりわけ「米作り」と収穫の祭りに
最もよく顕われている。
人々は、老いも若きも、男も女も、共に汗を流し力を合わせて、
荒地を開墾し土壌を整え、水を引き、苗を植え、一日たりとも休む事無く
黙々と働き続けた。
神々は、人間を温かく見守り、四季の巡りと風雨の潤いを与え給うた。

このようにしてもたらされた豊作を祝い、祭りが行なわれた。
祭りは、神々と人間の交歓の場であると同時に、交流の場でもあった。
人間は豊作を神々に感謝し、神々は人間の努力を称え、共に喜び合い、
御馳走を食べて、酒を酌み交わし、歌い踊り、互いの絆の深さを実感したのだ。

ところが、古(いにしへ)より連綿と続いてきた神々と人間の共生は、
大東亜戦争後の、GHQ(米国)による「神道指令」を始めとする、
諸占領統治政策により否定され破壊されてしまった。
これによって、八百万の神々は歴史の彼方へと追いやられ、日本の社会は、
人間同士の競争と闘争の場と化してしまった。

キリスト教は、自分が生まれながらにして背負っている罪=原罪を、あがない、
神に許しを請う事こそが、人生の大きな目的と説いている。
信徒は、原罪をあがなう為には、自分を高め、努力をして徳を積まなければならない。
と思い込んでいる。米国は特に、その傾向が強いのだ。

米国の社会は、皆が自分を高め、自分だけが神に許されようと必死になり、
過酷な競争が繰り広げられる、厳しい弱肉強食の世界に成り下がってしまった。
そこにはもはや「共に生きる」という概念は、微塵も存在しない。

米国の占領政策によって我国の社会は、こうしたゆがんだ競争原理に、
完全に毒されてしまった。原理とは盲目と同義である。
殊にバブル崩壊後、日本企業は生き残りを懸け、米国流の冷酷な成果主義や能力主義に
基づいて社員の選別を始めた結果、勤労者の労働の意欲は薄れ、人心は著しく荒廃し、
自殺者が激増し、将来に対して何の希望も見出せないでいる日本人が増えてしまった。

近年、能力において自分より劣った人間や社会的な弱者が、つまはじきにされたり、
殺人や虐待などの、凶悪で痛ましい事件が頻発しているのも、この事と無関係では無い。

今こそ、全ての日本人は神道の精神に立ち返り、神々と人間、人間と人間が、
互いを尊重し共に生きる喜びに溢れた、古き善き時代の日本を現代に蘇らせるべく、
行動を起こさなければならない。

日本復活講より
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2012年12月19日

位相は変わった

以前にも触れたが、神武東征軍に敗れた長脛彦は、
兄の安日彦(アビヒコ)と共に津軽へと逃れ、その後、
安日彦の子孫は安倍氏となり、東北の雄として君臨した。
時代は下り、安倍氏の一派は飛鳥に出て、蘇我氏の庇護の下、
左大臣(現在の総理大臣に相当)に大抜擢された。との伝承が有る。

昨年の3月11日に高天原は、あえて東北日高見国を揺るがし、
多くの日本人を覚醒させた。

あの日を境に明らかに歴史の位相は変わった。

残念ながら神々は大事に於いては必ず生贄を求め、多くのわけみたまが
人柱とはなったが。

さて、カムヤマト朝が、その役割を終えつつある今日、
神々は満を持して、カムヤマトイワレヒコと戦った安日彦の子孫、
安倍晋三氏を登場させた。
前回の試練は、彼自身を成長させるべく必要不可欠だったと思いたい。

一方、二二ギの故郷、薩摩にも大いなる希望が出現した。後述する。

悠仁親王の即位を以って、世界天皇たる大ウガヤ朝が復活する。
安倍政権には、まつろわぬものどもを征伐し、円滑な王朝交代の為の
下地造りという大切なお役目が有るのだ。

但し、彼らに、その自覚が有るか否かは定かでない。

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2012年12月01日

天津菅麻に学べ

天津菅麻アオウエイに於いて、オは経験智、ウは原識、
エは理性を表わし、さらにオは右眼、ウは鼻、エは左眼、
つまり、オは月読の夜食国、ウはスサノオの海原、エは天照大神の
高天原を指す。

これら五母音と八父韻と32子音と五半母音すべての言霊=御言(みこと)
を統べるのが、スメラミコト=天皇である。
スメラミコトとは、顕世における言霊の統括者なのだ。

ところで、オは亜細亜、ウは欧米中東、エは日本に置き換える事が出来る。
目下、原識の欧米中東は揺れに揺れている。
スサノオの開拓した版図=一神教世界は悉く、理性と経験智に学び、
立て替え立て直しを迫られている。

立て替え立て直しには、既存の秩序の取り壊しが必要なのは言うまでもない。
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2012年11月20日

農耕民族とは

最新の研究によると、実は狩猟採集民族よりも、
農耕民族の方が、土地や私有財産への執着が旺盛で、
一たび戦になると、相手を完膚なきまでに叩きのめし
二度と再び攻撃をさせない様、敵を一人残らず殲滅する
という残虐性が強い。という事が判って来た。

確かに、定住して生活している者にとり、土地を追われる事は
死を意味しただろう。
古事記において、スサノオが高天原に来た時、天照大御神は
そこを奪われるのではないかと、過剰反応したのも頷ける。

ところで、北方領土と竹島は奪われたままでいるのに、
この体たらくは、どうしたことか。

関係諸国は我国の右傾化と軍国主義化を警戒している。
と、報じられているが、この程度で済ませてはいけない。
田布施の世襲議員に覚悟はあるだろうか。

農耕民族の荒魂が発動せし時、亜細亜の劣等民族どもは悉く平伏すだろう。
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2012年11月13日

中今が大切だ

時間とは過去から未来へと直線的かつ一方通行のみの
流れでは無い。
春夏秋冬の四季の移ろいの如く、過去、現在、未来は
円環的配置であり、それぞれ影響を及ぼし合っている。

この事が想像出来ない者は、現在の己の在り方も、
判らないだろう。

今、現在の真っただ中を、いかに生きるかによって、
過去も未来も変わるのだ。

この事が想像出来ない者は、現在の己の在り方も、
判らないだろう。

今を正しく、誠を尽くし精一杯頑張りお役目を果たす事で、
過去も未来も変わるのだ。

この事の意味が判らない者は、人生の辛酸を嘗め続ける事に
なるだろう。

今を正しく生きていれば、過去に残した恨みつらみ悪因縁は
たちどころに消え去り、現在と未来は劇的に好転する。

大切なのは今だ。過去と未来を決するのは今だ。
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2012年11月06日

表と裏

皇室は後嵯峨天皇の退位後に皇位継承を巡り、大覚寺統(南朝)と
持明院統(北朝)に分裂し、大覚寺統と持明院統が交互に皇位に
就く事となった。
これを両統迭立というが、大覚寺統の後醍醐天皇は鎌倉幕府を
滅亡させ新政を敷いたものの、足利尊氏は持明院統の光厳上皇を
担ぎ上げて、朝廷を攻撃、後醍醐天皇は止むなく吉野へ逃れた。

結局、その後、北朝側が皇位を継承してきたが、
南朝側は皇位奪還の機会を永年窺って来たとされる。
幕末の動乱期に孝明天皇が暗殺され、さらに睦仁親王も暗殺され、
南朝の血を引く田布施の大室寅之祐に、すり替えられた。という話は
あまりにも有名だが、ここでは真偽については論じない。

忘れてはならないのは、北朝が皇位を継承する事になったのは、
神の意志である。という事である。
万象には表と裏が有る。実は、本質は裏に在り、表は裏を隠す為に在る。
表と裏は、常に一体であり、どちらが欠けても単独では成り立たない。

高天原は南北朝の動乱を鎮め、表を北朝、裏を南朝と定めた。
闇の世界権力は我国の皇統を破壊し霊脈を断つべく、高天原の決定を覆したのだ。

貧乏な下級の公家と人を疑う事を知らぬ田舎侍は、まんまと奴らの口車に
乗せられて、表を廃し、裏を表に取り替えた。

この時より、皇統の混乱が始まり、クニは大いに乱れ、人心の荒廃が進んだ。
そろそろ、カムヤマト朝の命運も尽きようとしている。
しかし、高天原は未曾有の国難を脱すべく、祭祀氏族たる賀茂氏の霊力により
新たな皇子を登場させた。

悠仁親王である。





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2012年11月03日

ハルナの御用とは何だ 其の弐

日月神示 松の巻 第14帖 (305)
「裏切る者 沢山出てくるぞ、富士と鳴門の仕組、
諏訪(スワ)マアカタの仕組。ハルナ、カイの御用なされよ。
悪の総大将よ、早よ改心なされ、悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。
いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。
悪とは申せ大将になる身魂、改心すれば、今度は何時迄も結構になるのぞ。
日本の臣民人民 皆思ひ違ふと、くどう知らしてあろが。
まだ我捨てぬが、水でも掃除するぞ。
六月二十九日、あめのひつぐのかみ神示。」

これが、ハルナの御用を述べた神示である。かなり難解である。
諏訪とは諏訪大社だろう。その御祭神は大国主大神の息子、タケミナカタだ。
カイとは甲斐のクニだ。榛名と甲斐と諏訪の三地点に囲まれた範囲に、
立て替え立て直しの重要なヒントが有る。はずだ。
マアカタは意味不明だが、御用には天孫族によって封印されし出雲の神の復活が
必要不可欠である事は間違いない。

論点を整理しよう。
榛名神社の奥宮の御祭神の一柱は保食大神=外宮の御祭神たる豊受大神だ。
度会神道=伊勢神道においては豊受大神は国常立神とされる。
国常立神は天照御大神より上位にある。故に外宮先祭なのだ。
つまり、榛名富士山神社にはニギハヤヒ、国常立神、イワナガ姫、サクヤ姫が
祀られている事になる。
国常立神は龍体を持つ。榛名湖には古くから龍神が住むと伝えられている。

神示にある「悪の総大将」とは国常立神かも知れない。
大本系の解釈では、国常立神は八つに裂かれて各地に葬られたという。
その身体の一部は榛名湖にも在るやも知れぬ。

実は、1985年に日航123便が墜落したのは御巣鷹山の尾根ではなく、
近くの高天原山の尾根であった。何と象徴的な名前の山である事か。
高天原山には古くから国常立神の体が埋められている。という伝承が有り、
日航機墜落事故は国常立神の祟りという説もあるのだ。

ちなみに、榛名山に眠るウガヤ第38代天津太祝詞天皇は、天津祝詞の
太祝詞の完成者と言われるが、これは、トホカミエミタメ、あるいは
ひふみ祝詞とも言われている。
当該機は123便。「ひふみ」である。言霊も一致する。

ハルナの御用とは、葬られた祟り神たる国常立神を改心させ、
新たなクニ造りへと、いざなう事であるのかも知れない。

その崇高な御神業を為し得るのは、神の子たる我々日本人のみである。

posted by 柿添先生 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

ハルナの御用とは何だ 其の壱

榛名神社は第31代の用明天皇元年(585)の創建と
伝えられているが、あくまでも、それは表向きの話で、
実は、ニギハヤヒの息子のウマシマジが建てた。というのが
裏の社伝である。ウマシマジはニギハヤヒとナガスネヒコの
妹のミカシキヤヒメとの間に産まれ、物部氏の祖である。
また、榛名山山頂にある榛名神社の奥宮、榛名富士山神社の
御祭神は上位からニギハヤヒ、保食(ウケモチ)大神、榛名富士大神、
イワナガ姫である。榛名富士大神とはコノハナノサクヤ姫である。
姉妹ニ柱の神が揃っているとは珍しい。

二二ギがサクヤ姫と神婚された際、姉のイワナガ姫も一緒に来たが、
ブスだから家に帰した。という話は有名だが、イワナガ姫も非常に
見目麗しい姫神だったそうだ。
古事記では、二二ギの兄が二ギハヤヒとされている。
もしかすると、ニギハヤヒとイワナガ姫は恋仲だったので、二二ギは
気を使って家に帰したのかも知れない。
これは、私の個人的な意見なので、他所では言いふらさない様に。

ところで、保食大神とは何か御存知だろうか。
読んで字の如く、食物神だが、実は外宮に祀られている豊受大神である。
豊受大神といえば、記紀には無い出自の謎の神とされているが、
何故、榛名なのか?判らない。
いずれにしても、榛名はニギハヤヒ親子の勢力圏だった事は間違いない。
しかも、カムヤマト朝以前に開かれた、ウガヤ朝の文明圏だったのだろう。

日月神示では榛名には悪神が座し、改心して御用を果たすとの記述があるが、
竹内文書にはウガヤ第三十八代 天津太祝詞天皇(あまつふとのりとすめらみこと)
が崩御されて榛名山に葬られたという記述もある。
そういえば、榛名山は、どう見ても人工のピラミッドだな。

ハルナの御用の真相が明らかになる時、立て替え立て直しは完了するだろう。
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2012年10月29日

エントロピーを疑え

エントロピーの法則(熱力学の第二法則)というものがある。
エントロピーとは物理量であり無秩序の度合いを表わすそうだ。
エントロピーの法則では「物質とエネルギーは一つの方向のみに進み、
自然界においては秩序から無秩序にしか進まない。」とされている。

例えば、自然な状態では、熱いお湯は冷めて水になる。
何もせず水を放置しておいて、熱湯に成る事は有り得ない。
また、無秩序になるにつれてエントロピーは増大するというが、
無秩序から秩序に至る事は有り得ないと言い切れるだろうか?

古事記の冒頭には混沌=無秩序の闇が開けて、造化三神が出でまして
精妙な秩序が産まれた。とある。
なんと聖書にさえ似たような事が書いてある。
冷水が突如、熱湯に変化する事も無いとは言い切れないぞ。
人間が気付かないだけかも知れない。

お勉強の得意な学者先生は古事記を御存知無いらしい。

いずれにしても、科学は科(とが)の学問でしかない。科とは過ちの意。

もうまもなく、人間は、自然の営みは全て御神意である事を知るだろう。
あらゆる価値観は、過ちから解放され、本来の在るべき姿に復するのだ。
それを世界に示すのは、神の子たる日本人の御役目である。
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2012年10月24日

八紘為宇に立ち返るべし

右翼民族派には、我国は特別である。という狂信的な
思い込みをしている手合いが多い。
これでは、何でもかんでも、自国がパイオニアである。
と言い張る、おつむの足りない南朝鮮人と同類である。
世界の物笑いだ。

確かに、我国は世界中のあらゆる民族の憧れの地であり、
有史以来、戦乱や天変地異により国を捨てざるを得なくなった
人々を暖かく迎え入れてきた。
そういう意味では、世界に類を見ない奇特なクニではあるが。

祖国と祖先に誇りを持つ事は大切である。
未来永劫、誇りを失ってはならない。
しかし、己は特別である。という考え方は、
わけみたまたる他者を、ないがしろにし、その存在を脅かす元となる。

それは穢れである。
互いに睦み合い慈しみ合い共に生きる。という、かんながらの
精神を否定するものである。

我等は、今こそ八紘為宇の精神に立ち返らねばならない。
支那と朝鮮という厄介な隣人は在るが、我国が本来の神の国として
復活できるか否か、今、神々より試されているのだ。

posted by 柿添先生 at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする