いつも閲覧有難う御座います。 柿添です。一つ御願いがあります。 「目下、我が国は妖悪不浄の雲に覆われ、 政治、経済、社会その何れに於いても、 未曾有の国難に瀕している。 多くの日本人は、己の神を見失い、 未来になんら希望を見出せず、 無為無策のまま時代の波に翻弄されている。 かかる状況に在って、我々神の子は 肇国の原点に立ち返り、天孫降臨以来 脈々と受け継がれてきた、かんながらの 精神に則り、神のみはかりを尊び、 祖先の恩に報いるべく正しき道を歩み、 互いを尊重し、共に生きる喜びに溢れた、 人類の理想郷たる豊葦原の瑞穂の国、 神国日本の再興を招来すべく 一層奮励努力せねばならない。 我々は、道を見失い失意の淵にある わけみたまに、共通の行動原理を示し、 連帯の絆を育み、さらにより一層 強固なものとし神国日本の再興を招来する 原動力としたいと思う」 そこで今後、日本復活に向けて共に知恵を 出し合い活動する同志を求めます。 活動母体は「日本復活講」と名付けます。
老若男女問わず、我こそはと思う方は、 下記へ送信願います。 宜しくお願い申し上げます。 pripia@nona.dti.ne.jp

2012年10月11日

講とは何か

私は、本ブログのプロフィールでは神官と記しているが、
それは、こけおどしに類するものなので気にしなくて良い。

私は、正式には榛名講の御師であり、講社の代表である。

榛名講とは、古代より連綿と受け継がれてきた、榛名山に座す
榛名の大神様の教えを守り日々精進する人々の信仰である。

関東では富士講、大山講、御岳講等があり、我が国最大の講は
お伊勢参りの伊勢講である。特に、江戸期には様々な講が組織され、
それぞれの社は大変賑わっていたそうだ。

そもそも講とは、信仰を同じくする者が集まってできた集団で、
信仰のみならず、居住地、職業などの社会的な縁によって、
講の人々、すなわち講員は深く結ばれている。
例えば、ある講員が病気や怪我で働けなくなれば、他の講員は
金品を提供して生活を助けたり、経済的に困窮している講員の
子弟の学費を援助したりと、血縁を超えた家族同様の繋がりを
持っていた。

その講を束ね、保護育成するのが講社の役目なのだ。
また、講社とは神社の下部組織であり、企業で言うなら
営業部と広報部と、お客様サービス部を足したような組織である。
榛名神社には現在、16講社あり、私の講社は孝善坊講社という。
孝善坊は戦前には多数の講を擁し、講員は一千名を超えていた。
講の要望が有れば、加持祈祷、地鎮祭、雨乞い等、祭祀も行なっていた。

目下、榛名講だけでなく全国的に講の衰退が進行している。
講の衰退は、我国の衰退を意味する。
神々と人間、人間相互の絆が失われ、夢も希望も失われて行く。

今般の立て替え立て直しに当たり、伝統的な講の復活は、
必要不可欠である。それは社稷の復活であり、人々の
生きる活力の復活に他ならない。

諸君。
当講社は広く講を求めている。共に日本復活講を創ろうではないか。


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2012年10月03日

歴史は再び動き出す

カムヤマトイワレヒコの軍勢に敗れた長脛彦は、兄の安日彦(アビヒコ)と
共に津軽へと逃れた。という伝承が有る。
これは、いわゆる神武東征譚だが、その後、安日彦の子孫は安倍氏となり、
東北の雄として君臨した。
時代は下り、安倍氏の一派は飛鳥に出て、蘇我氏の庇護の下、
左大臣(現在の総理大臣に相当)に大抜擢された。

そういえば、平成にも似たような話があったな。

が、しかし、蘇我氏滅亡後は、たちまち没落し、平安期には大膳大夫、
すなわち朝廷内の給食係をしていた。
さらに時代は下り、安倍氏の末裔、晋太郎が岸信介の娘と一緒になり、
晋三が誕生した。

かつて河豚計画を遂行せんが為、田布施のイスラエル支族の末裔たちが
満洲にて暗躍したが、計画は途中で頓挫した。

大和を追われた原日本人の末裔とイスラエル支族の末裔との間に産まれた、
安倍晋三が、再び歴史を動かすべく行動を開始した。

それは、かつての河豚計画のやり直しかも知れない。
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2012年10月01日

戦略と戦術

広辞苑によれば、戦略とは戦術より広範な作戦計画で、
戦術とは戦闘実行上の方策で戦略に従属するもの。とある。

岩波書店は大丈夫か?

これでは戦略も戦術も結局は規模の違いだけで内容は一緒と読める。

こんなクソ辞書は買うな。

この程度の理解しかないから、支那の術中に嵌るのだ。
防大では、どの様に教えているのだろうか。

戦略とは神の領域である。
御神意を慮り、当該目的を達成する為のあらゆる手立てを慎重に検証し、
神々と共に決する政である。

対して、戦術とは人の領域である。
神の子たる人は、神仕組みを達成すべく荒魂を発動し、時に鬼となるも
己の全存在を懸けて國體の精華を発揮するものである。

衆参両院の選良どもに、この気概はあるのか。
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2012年09月26日

美しい国は不自然だ

美しい国。と言われても、ピンとこない人は語感が確かだ。
美し。という言葉の本来の意味は、小さくて可愛らしい。
という意味である。
装飾品。日用品。人から贈られた大切な品物。花草木。稚児。女性。
といった儚く弱く壊れ易いものについて使われる言葉である。
クニについては、うるはし。清し。が使われるのが通例である。
うるはし。は整っていて立派な様子を言い、清し。は汚れや濁りが無く、
清らかである様子を表わす。

これは神道の清浄に相当する。
祝詞でも、クニに対し、うるはし。清し。は宣られるが、
美し。は、まず使わない。
美しい国。と言葉が発せられる度毎に、言霊の働きによって、
我が国が、こじんまりとした小国に成り下がって行く様な気がしてならない。

我国は美しい国であるべき。と、力説した田布施人脈の元総理が、
自民党総裁に返り咲いた。誰の意向だろうか。

歴史的には田布施の御役目は終わっているはずだが。
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2012年09月24日

妬みは穢れの極致

ヤハウェは、カインの贈り物よりも、弟のアベルの贈り物を、
喜んだ。カインは農夫でアベルは牧童だった。
カインは丹精込めて作った作物を喜んでもらえなかった事を、
たいそう悲しんだ。それは、やがてアベルへの妬みへとなり、
ついには殺してしまった。

人類史上最初の殺人とされるこの一件は、元はと言えば、
神から独立して自給自足できる農民を忌み嫌った、ヤハウェ
に原因が有る。といっても過言ではないが、現代に生きる人間に
大切な教訓を与えている。

妬みは憎しみとなり、憎しみは恨みとなり、凶行を引き起こす。
凶行の後に残るのは、哀しみのみである。

出自への妬み、富める者への妬み、恵まれた者への妬み、
それらは、人を狂わせ、社会を狂わせ、クニを滅ぼす。

諸君の周りにも、妬み、しっとに狂ったバカ者がいるだろう。

しかし、人類社会の愚かしさには、お構いなく大宇宙の秩序は揺るがない。

もう間もなく、バカどもの大祓が始まる。
それまで、辛抱せよ。
決して、人をうらやみ、妬んではならない。
posted by 柿添先生 at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月09日

何たる奇縁か

源平藤橘の四姓の一つ、橘氏の出自に関しては興味深い説がある。
シュメール滅亡後、カルタゴを本拠としてフェニキアを立てた一派
とは別に、南下し南インドを経て海路により我国に流れてきた一派
が定着して、橘姓を賜ったというものだ。

橘氏は祖国滅亡に際し、故郷日本を目指したのだろうか。

ところで、橘氏の支流には土岐家と小笠原家がある。
さらに土岐氏からは明智光秀が出た。
御存知の通り、本能寺の変後、光秀は徳川の手により脱出を図り
天海僧正となった。天海は莫大な資金を投入し、中世以来荒れ放題
だった榛名神社の再興を成し遂げた。

一方、中央の橘氏の分家に筑後の橘氏がある。
筑後橘氏の橘公頼が蒲池城を築城し、城代家老を中村監物が務めた。
450年程前、監物は姓を柿添と改め現在に至っている。
つまり、当家の事だ。

橘氏が築城した城を守っていた侍の子孫が、これまた橘一族の
明智光秀=天海僧正が再興した上州の神社の社家を継いだわけだ。
榛名と筑後を結ぶキーワードは橘だ。

まったく奇縁にも程がある。神々は何を考えているのだろうか。


posted by 柿添先生 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月03日

おみくじの話

諸君は神社を参拝した後、どうしているだろうか。
そのまま帰るのも構わないが、是非、おみくじを引いて欲しい。

おみくじは単に吉凶を占うだけのものでは無い。

御存知の通り、神は肉体を持たず、声を発する事も無い。
おみくじは、それを引いた人間に対する神のメッセージであり、
説教であり、叱咤激励なのだ。

私は十代の頃、ある神社でおみくじを引いた。
その時は、状況が悪く、八方ふさがりでイライラしていた。

で、おみくじの結果は凶だった。
ふざけるな。冗談じゃない。とばかりに、もう一度引いた。
結果は、なんと、またしても凶だった。

おみくじの文言の詳細は忘れたが、心正しく、時の来るのを待て。
だったと思う。私は、この時、確信した。
おみくじは、人に対する神の想いの伝達手段だという事に。

おみくじを侮ってはいけない。
今後は、謙虚な気持ちで引くべし。神は必ず答えを下さるだろう。

posted by 柿添先生 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月08日

現代の哀れな草莽よ

草莽とは物悲しい存在である。
高き志を掲げて国難に殉じる気概を持って奮闘するも、
実は大勢に影響を及ぼす事は無い。

草莽が崛起しても時代は変わらない。
歴史を創ってきたのは、常に決して表には出る事のない
高貴な人々=ハイソサエティである。

明治維新に於ける草莽は、高貴な人々の使い捨ての駒に過ぎなかった。
それは雑草以下の存在と言って良い。

時代は下り現在の国難に在って、自らを草莽と名乗る輩が続出しているが、
その大半は定職も無く、報われない人生を歩んできた劣敗者の群れである。
真の目的は、名前と顔を売り食い扶持を見つける事にある。

いっぱしの活動家を気取っていても、我慾が透けて見えては、
誰からも信用される事は無い。

吉田松陰は草葉の陰で泣いているぞ。
posted by 柿添先生 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月30日

危機を尊ぶべし

人生において、予期せぬ病気や怪我、事故や天変地異等によって
今まで通りの暮らしが出来なくなる事がある。

この様な場合、たいていの人は自分の運命を呪い、
神を怨むのである。

しかし、突然の災いは、神の為せる業である。

人が変わらねばならないにも関わらず、相も変わらず惰眠をむさぼり
そこに留まっているのならば、神は強制的に変化を強要する。

人は全て御役目を与えられて産まれて来る。
神は、為すべき御役目を果たす事無く無駄に年を重ねている者には、
時に手荒な方法で、それに気付かせ軌道修正を促すのだ。

諸君。
危機に陥った時、今までの生き方を振り返るがよい。
自分が為すべき本当の事が見えてくるはずだ。
危機を尊ぶべし。

posted by 柿添先生 at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

神は常に共に在る

自分の外側に神を置き、単純に盲目的に崇拝するだけでは、
神と人の関係は脆く儚いものとなる。
自分の希望通りに事が進まなければ、簡単に神を呪うだろう。

本来、神は人の心に在り、神と人は喜びも悲しみも分かち合い
共に生きるものである。

人は、神が常に己と共に在る事を悟っているが故に、艱難辛苦を
乗り越え、生成発展出来るのである。

神を遠ざけてはならない。己の内に迎えるのだ。

posted by 柿添先生 at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする